隣人

隣人が消えてしまった。
生まれ付き、人付き合いにクールな現代人(a.k.a.内弁慶の人見知り)である私は、常々隣近所との付き合いは極力避けてきたのだけれど、それにしても最近は隣人を全然見かけない。そして、ちょっと事態は不自然だ。
元々、私の部屋の隣には私よりちょっと年下で暗い顔をした茶髪の男の子が住んでいたのだけれど、ある日突然どこの誰とも知れない中東系の中年男に入れ替わってしまっていたのだ。しかも、複数の中東系が入れ替わり立ち替わり。私の住んでるマンションのスペックは一人暮らしの若者に相応しいものであり、あまり成人男性が複数で住むことには向いていないのだけれど、アジアから来て働いている人達が五人ぐらいで住んでるような部屋は幾つか有る。隣の部屋の中東系さん達もそういうケースなのかも知れない。ただ、それならそれで全く問題は無いのだけれど、部屋の表札はいまだに茶髪の日本人の男の子が住んでいた頃と変わらないし、ベランダにかかっている服や、冷蔵庫の品種といったものも変わっていない。考えうるケースは二つ。茶髪の日本人の男の子が、執拗に中東系っぽい外見に変わる整形手術を繰り返しているのか、茶髪の男の子の家に、中東系の人達が押し入って部屋を乗っ取ってしまったのか。
とりあえず今現在、私を悩ませているのは、隣人の郵便受けから溢れかえってしまっている大量の封書類と、四十六時中隣の部屋から漂ってくる奇妙な腐臭だ。
悪趣味な私は勝手に想像を膨らませてみる。ちょっと内気だった茶髪の男の子の家に、ある日突然ビザが切れたか何かで潜伏先を探している中東系の外国人たちが押し入ってきたんじゃないか、って。外国人は男の子を殺しちゃって、腐っちゃったその死体をどうするかで考えあぐねているんじゃないか、って。ちょっとだけ、『誰も知らない』みたいな話。いつまでも続くわけが無いし、希望なんて無いんだけど、何故かどこか甘美な話。多分、事実はきっともっと退屈でありふれた話なんだろうけれど。